失はれる物語/乙一


失はれる物語

失はれる物語


図書館で読み始めたゆえに、迎えに来てくれた姉を待たせてまで読みきりましたよ。

これは単行本なので、短編六つ収録。文庫版になると、少し収録数が増えるようです。




収録作品は「Calling You」「傷」「失はれる物語」「手を握る泥棒の物語」「しあわせは子猫のかたち」「マリアの指」この中で「しあわせは子猫のかたち」だけは、前に読んだことがあります。

しっかし、乙一さんは、多面性がありすぎると思います。暗黒童話やZOOで感じたグロテスクさは鳴りを潜めて、今回はあったかくも切ない話満載。切なくなったり、幸せな気分になったりと、全体的に日常的な中に不可思議なことが発生していましたね。

「失はれる物語」は事故により指しか動かなくなってしまった男と、妻の物語。妻が旦那の体をピアノに見立てて弾く描写はけっこう好き。自己犠牲の精神はまぁいいとして、本人幸せなんだろうけど、救いようがないような…。

「Calling You」は頭の中で作り上げた携帯によって繋がった絆のお話。んー、流れとしてはそれなりにきれいなんだけど、出てくる人がいい人過ぎて、ちょっと違和感。最後で主人公が元気なのが、不思議な気がしました。

「マリアの指」はこの一連の中でちょっと異色。姉の友達(マリア)が投身自殺をし、主人公は死んだマリアの指を拾います。マリアの研究者仲間の話を聞いたり、指を眺めてる間に、本当に自殺なのか?という考えが浮かび…。この主人公は、探偵に向いてると思いました。何せ、疑う疑う。自分で言うように人間不信なので、片っ端から疑っていく。一番しっかりとしたミステリーでしたね。

手を握る泥棒の物語」は、金に困った主人公が盗みを働くと、まぁ、色々あって盗みに入ったところにいた女の子の手を握ることになって…。一番ほのぼのして、一番間の抜けたお話です。あ、間の抜けたって、ほめ言葉ですよ。ちょっとずれた泥棒と女の子の会話とか、最後の落とし方とか、ほのぼのしてていい感じ。

「しあわせは子猫のかたち」は、読むの二度目だけれど、毎回主人公と幽霊の女の人の交流が微笑ましいです。ミステリーの味も入っているし、猫も出てくるし、女の人の性格も好きだし、嫌いの要素がないお話ですね。

「傷」は、乱暴がゆえに特殊学級にいられれた少年がであった、不思議な少年のお話。不思議な少年は、他人に傷を自分に移し、さらにその傷を他人に移すことの出来る、不思議な能力を持っています。もう、この少年が、かわいくてしかたがない。「誰かが傷ついているのを見るより、自分が傷ついていたほうがいい」という、健気な思考の彼なのです。基本的に彼らの周りには大変なことがあるけれど、たまに食べられるアイスクリームに幸せを見つけ出すあたり、あぁ、もう、かわいいなぁ。「死にぞこないの青」でも感じた、たくましい少年像です。最後はえ、あの火傷のあとはどうなったの、と思わなくはないですが、たくましく生きていって下さい。こういう強い子たちも、私の好みなのです。

さて、全部の感想書きましたが、順番としてはカウントダウン方式です。要するに、「傷」が一番好き。

珍しく全部の感想書いたのは、統一感があるようなないような、微妙な話だったからですね。皮膚感触だったり、気配だったり、声や音でなく感じられるものの話が多いような気もしましたが、「これ」といったキーワードはない。

んー、ある程度の統一感と、少しまぜこでで福袋みたいなところがあるので、文庫本、お金に余裕があったら買って、旅行にでも持っていこうかな。


あ、まったく関係ないけれど、この本、装丁がこってていい感じです。表紙がでこぼこしてる雫があるのはもちろんのこと、中に銀紙が入っていて、そこに「失はれる物語」と鏡に反射するように映る仕組みとかもあります。後、紙が真っ白なので、少し目が痛くなるけれど、黒の文字が鮮烈に見えます。んー、こういう凝った本って、好き。