送り火/重松清


送り火 (文春文庫)

送り火 (文春文庫)


ちまちま、ぼけーっ、と読んだ本です。重松清さんの中毒性はすごいなぁ、ついつい手を出してしまいます。




九本収録に短編集。「フジミ」という名前(地名?)が共通点。何となくほのぼの系の話が揃っているかと思ったら、正反対でした。居心地の悪さ、背筋の寒さが全編を覆っています。暗い、とは違う。でも、輝いているわけでは絶対にない。全体的に、切ない、寂しい、侘しい、のかな。
「フジミ荘奇譚」は、一番初っ端の話。色々あって逃亡者になった男は、保証人なしで入れる「富士見荘」へと引越します。そこには奇妙な老婆が五人いて…。老婆たちの行動は怖くても、語る言葉がしみじみとしっくりくる。そして、猫はいい。読んでいる時の居心地の悪さはすさまじいけれど、ファンタジー的な要素を絡ませつつ、のあの終わり方はいい感じでした。
「ハードラック・ウーマン」は、フリーの記者が切羽詰ったあまり捏造に似た記事を書いてしまった。しかし、案外と反応があり、どんどん騒ぎが大きく なっていってしまい…。騒ぎになってしまう、という危うい均衡のドキドキ感が凄かったです。捏造だとバレないようにと願う声が痛いです。これも終わり方がファンタジー。かなり暗いはずなのに、最後の一歩を踏み出さないあたりに救いがある。でも…都市伝説って怖いです。
「かげせん」は子供を亡くした夫婦の話。ダイレクトメールの中でのみ生き続ける息子に、執着する妻。…何となくメールの中でのみ子供が生きている、的な話をどこかで読んだ覚えがあるのですが、それも重松清だったのかな。それがどんなに辛くて、同時に嬉しいのかわかりはしないけれど、ほっ、と少し最後に息が吐けました。
「漂流記」ママさんたちって怖いよぉ、というのが素直な感想。あのネチネチした感じが書けるって凄いです。ただ、幾つか気になる点が。…あのベビーカーの謎って、結局なんだったんだろう。ただ単に無意識の心の齟齬の現われなのかな。こんなにも、最後の一説が意味ありげで意味不明なのって、私にとって初めてじゃないだろうか。
「よーそろ」は、自殺したがる子供と元気が出るHPと駅員の話…ってのも、少し変か。とりあえず、駅員さんが素敵です。このまったく恩着せがましくない心意気って、素敵。少しミステリー的味付けがあるのですが、うーん、確かに元気が出てくる文体ではあったのだけれども、私はやっぱり駅員さんの優しさとも思っていない優しさの方が好き、だな。
「もういくつ寝ると」は、一番好きな話。富士山が見えるお墓を探しにきた女の人の視点なのですが…。なんというか、墓という死に直接繋がるものを扱っているのに、流れてる雰囲気が奇妙なまでに穏やかなのですよ。そして、何故だか励まされるような感じさえする。そりゃ、その視点の女の人には色々あるわけで…、でも、それすらも清清しさを伴って感じる…不思議だけど、心地よかった。
本当はささっと済ませてしまうつもりだったの ですが、案外と長くなってしまった。
あんまり「これ良いっ」と大声で叫べる話はなかったのですが、思い返してみるとスルメの如く味がでてきました。雰囲気は決して優しくはないけれど、それでも…なんか、あるんだろうなぁ。この本に登場する人たちが生活する理由の基となる何か、が。居心地は悪いし、栄養剤になる話でもないけれど、たまには…こういうの、いいな。