サクリファイス/近藤史恵


サクリファイス

サクリファイス


近藤史恵出世作になるかなー、と期待している一作。これでみんな名前云ったらわかってくれるようになるはず。あちこちで評価がよくて、近藤史恵好きな私としては嬉しいのです。ただ、爆発的とはいかなかったみたい、なのかも。

下の説明が長くなったので、ここで一言。おもしろいっ! 軽いけど、胸にいい感じの重みと静かな爽快感を残してくれますよっ。



話の主となるスポーツは「ロードレース」。ツール・ド・フランスなら聞いたことあるなー、程度の私でも十二分に話を理解することができました。ルール説明が上手。あの不思議な走り方の意味がわかりました。舞台は日本。無論、ロードレースの知名度は低く、注目されることもあまりない。そんな世界の新人が主人公「白石誓」。ロードレースは、成績は個人でつくが実のところ「チームプレイ」。一番先頭を走る人間には、空気抵抗がかかり体力の消耗が激しい。わざと前を走り、自分の成績など顧みずチームのエースを優勝させる「アシスト」と呼ばれる選手。エースのタイヤがパンクしたら、自分の順位を捨て交換し、表彰台に上ることもない。けれど、一人で勝つことに喜びを見いだせない主人公はその「アシスト」として仕事をすることが気に入っている。

主人公と違い、エースを狙う「伊庭」や、チームエースの「石尾」。その他のチームメイトと一緒に大会を経験。その中で「伊庭」は新人にしてはいい成果をあげる。しかし、ある日、主人公は三年前、石尾が期待されていた新人を事故に合わせたかもしれない……という話を聞く。最初は自分には関係ないと思っていた白石も、偶然的に大きな大会でいい成績を残す。「アシスト」を目指していた白石の心に揺らぎが出てくる。「石尾」をアシストしながら「もし、こうすれば……」という思いも消えない。けれど、同時に三年前の事件のことも気になる。

爽やかな文体ですが、疑心暗鬼な雰囲気が続きます。勝負中の疾走感とぎこちない食事や睡眠のメリハリがいいです。本人その気がなくても、何だかんだでいい成績を残し続けてしまう白石。もちろん「アシスト」との職務を意識し、勝負をやめることも出来るわけですが「勝ちたい」と思う。その時のアドレナリン全開の感じが最高なんですっ! ちなみに、レース中に普通に会話しているのもいい。最初は違和感ありましたが、いいなぁ。集団で走るほうが優位なため、ライバルが仲間になり、仲間がまたライバルになる。

最後らへんは、胸をぎゅっーとされる感じです。あぁ、そっか。そういうことだったんだ。謎の解明よりも、その先にある感情が切なくて優しくて、もうどうしようもないです。ぶっちゃけ、あの人のことそんなに好きじゃなかったけど、それでもいい話だよっ! 湊かなえの「少女」でいい話に見えて……でしたが、これは正に反対。疑心暗鬼の暗い雰囲気や緊張感を漂わせつつ、最後に辿り着く答え。あぁ、もうっ……! カッコイイな、こんチクショウ。あんまりあんたのこと好きじゃなかったんだけどっ(しつこい)。何だかんだで完全な悪役がいない、ってところが素敵です。ほろ苦いけれど、爽やかっ。

唯一、主人公の元カノにちょっと苛々しました。だって、だって、いきなり現れて「石尾」のことを聞いて不安をあおって、その次には…っ。あぁ、本人に悪気がないのがさらに……。そう出番も多くないので大丈夫と云われれば大丈夫ですが……。でも、素敵な話でしたっ。ほろ苦スポーツ最高っ。