猫舌男爵/皆川博子


猫舌男爵

猫舌男爵


この人、どっかで見たことか読んだことあるんだよなぁ…。と未だに頭を悩ましています。似たような名前の人と間違えているのか。すごくこの名前が気になります。誰だっけ、誰だっけ……。作品読んでもわからなかった。




五つの繋がりのない短編で構成された本です。題名が秀逸。「猫舌男爵」ってすごく気になります。絶対これわざとやってるって。
「水葬楽」が第一本目。これもタイトルがいいよなぁ、と読み終わってしみじみ思いました。内容はすこしSFちっく。超長生きの「祖」と衰弱していく人。衰弱する人にはポットのようなものが用意され、その中で幸せな夢を見ながら死を迎える…。母と父のそれを見送る兄妹は……。短編の中に濃厚な設定と無力さと皮肉を詰め込んだ一作。正直途中途中に挟まれる詩はようわからんのですが、退廃的でありながら繊細な雰囲気がいい。ひずみ淀んでいるけれど、きれいな話。
「猫舌男爵」本のタイトルでもあるこの一作。いや、卑怯だってっ。話の筋=ネタバレなのですが、このタイトルに惹かれた私にとっての感想はまずそれでした。少々笑える要素も取り入れられつつ、正直読みにくい。翻訳家が出てくるのですが、こいつが悪い。講釈が長いよ。最後らへんにテンポがよくなると面白くもなりますが。最初を真面目に読むと私と同じセリフを叫びたくなるかも。教授が幸せそうで何よりです。
「オムレツ少年の儀式」明らかに「不幸」な少年の物語。オムレツを焼く仕事ってのが素敵。最後の鮮烈さで作品全体の雰囲気を覆るのがいい。でも、芯の部分はそのまんま。ちょっと唐突ですが、何が起こっても納得できてしまうのが、この人の文体の不思議。とりあえず、私は「オムレツ少年」って響きが好きなんだってことがわかりました。あの職業素敵だよっ。誰かあの職業使って作品書いてっ。
「睡蓮」とある天才画家の挫折と栄光の話。色んな人の手紙と日記で構成され、時間が巻き戻っていきます。これがいい。いがみ合っている二人の蜜月の時まで時がさかのぼった時、とあるセリフの響きの重さがわかる……。ミステリーです。きれいな構成です。導入部がまどろっこしい挙句に長い、という(ただ単に私が短気なだけか)ところはありますが、最後らへんを読むまで我慢したかいがちゃんとありました。いいなぁ、きれいだなぁ。この本の中で一番好きです。汚いところからはじまって、きれいになっていって、そして最後には……。うん、素敵。
「太陽馬」は追い詰められた兵士の話。同時にその兵士が朗読する別の話がごちゃごちゃに記述されてます。その別の話の設定にすごい引き付けられる。兵士たちがどんどん追い詰められいくのが気にならないくらいに、私はそっちに引き付けられました。舌を持たぬ一族は、手に張られた弦で会話をするが「肉箆」を持つのが現れ……。視点の持ち主の過去まで引きずりだしつつ、話は進行して……。最後に「ああ」とため息と叫びを半分こした言葉が出ました。そうか、そういうことか。ずるいよっ。と駄々をこねてみたくなりますが、ちくしょう、うまい。悔しいが、うまい。歯をギリギリ言わせながら、白旗気分です。別の話に引き付けられてたら、きっとこうなりますって。
全体的に、導入が長く間延びしてるけれど、最後らへんのまとめ方がいい。ずるずる引きずらず、よく磨いた包丁でとん、と終わらせている。だから歯痒い思いをしてたりするのですが。SFとも怪奇幻想ともつかぬ、不思議な雰囲気に満ちてた、かな。文体が共通しているせいか、扱っている題材とテーマはかなり違えど、なんとなく統一感がありました。正直読み始めは「んー……、しくったかなぁ」と思いますが、終わり方で帳消。この作者さん、ちょっと気になる。