賢者はベンチで思索する/近藤史恵


賢者はベンチで思索する

賢者はベンチで思索する


「歌舞伎シリーズ」「モップシリーズ」(?)の近藤史恵さん。三篇収録の、日常の謎を解くタイプの、連作短編集です。



主人公はファミレス「ロンド」に勤める、21歳の「久里子」。デザイナーを目指して専門学校を卒業したものの、良い就職先がなくて、結局宙ぶらりんのまま、バイトに勤しんでいます。弟の信は大学浪人してから予備校にも通わず、ニートのまま。そんな折、久里子はロンドの常連のおじいさんが、公園にいるところを発見します。いつもいつも奥の席に座って、コーヒー一杯で三時間も四時間も粘る人。不思議なことに、公園にいるおじいさんは、ファミレスの時より若く見えて…。

このおじいさん「国枝」さんは、探偵役となるわけですが、ものすっごい、素敵なんです。そりゃもう、紳士的で穏やかで、それでもミステリーちっくで、私の好みもかなり入っていますが、かなり素敵な人なのです。

一話目「ファミレスの老人は公園で賢者になる」は主人公の家に犬が来ることになったのだけれど、犬が中毒死を遂げる事件が近所で相次ぐし、弟の信は深夜に出かけるし…。謎としては多少のひねりはありますが、そんなに驚くものじゃないんです。ただ、それまでの過程がね、良いんです。雰囲気というか、何というか。丁度、この主人公の気持ちと私の感情が重なるところがあったので、その分、面白さもアップしたと思いますが、後、主人公が色々詮索して、人の話を根掘り葉掘り聞かないところが素敵。あんまり人に対して突っ込んだ描写がない分、穏やかで優しい雰囲気が流れているのです。

二話目の「ありがたくない神様」は、「ロンド」でカレーに苦味を感じた、というクレームがつくところが事件の発端です。最初はただの勘違いだろう、と楽観してたバイトの方々でしたが、今度は子供が嘔吐してしまう事件が発生して…。主人公が恋をする「弓田」君も登場して、ほんのり桃色風味のお話です。これが一番日常の謎のミステリーぽかったです。大きな事件でもないけれど、見過ごすには少し大きすぎる。しっかり解決もされて、幸せです。

で、最後の話「その人が背負ったもの」ネタバレにだけはなりたくないので、出来る限り口はつぐみますが、良かったですっ。国枝老人が素敵過ぎ。切なくなりつつも、優しい話。何がうまいって、結局、主人公と国枝老人の関係は「ファミレスのお客様と接待係」を少ししか脱却してなかったわけで、そのせいで、かなりドキドキしましたよ。「結局、私はあの人のことを何も知らない」という感じの思いが切なくて切なくて…。それでも信じる主人公が素敵です。最後は優しい終わり方。

てっきり、普通に謎を解いてく、日常の謎連作短編集だと思っていたので、予想外に面白かったです。登場人物がそろいもそろって、可愛すぎて素敵すぎ。話の説明では触れませんでしたが、犬の「アンとトモ」もかなり可愛いです。動物を可愛く書けるって、すごいよなぁ。

やさぐされた気分の時に読めば、癒されること間違いなしです。