クローズド・ノート/雫井脩介


クローズド・ノート

クローズド・ノート


ミステリーに分類していいのかなぁ、と思ったのですが、私にとってこの著者さんは固めの推理小説を書く人なので、一応この分類で。解決、一応あったし。Amazonの紹介見て、あぁ、そうだった、と恋愛小説のカテゴリーを追加。




で、上の書き方から判ってもらえると思うのですが…雫井脩介さん、何かありましたか。いえ、最後を読めば表面的ながら納得できたのですが、素直な感想がそれです。だって、この話、殺人事件も刑事も探偵も出てきません。主人公は人に流される癖がある女子大生「香恵」。文具店でアルバイトしています。仲良しの親友がアメリカへ留学する日、彼女たちは押入れの中のノートと沢山のカードを見つけます。それは、とある小学校の教員「矢吹先生」の日記と、生徒からのメッセージカードで…。そのノートを少しずつ読むことをしながら、「香恵」は日常を送っていきます。万年筆を買いに来た男性との微妙な距離に戸惑ったり、ドキドキしたり。かと思ったら親友の恋人から食事の誘いをもらって嫌な気分になったり、そして、時々に日記を読んで励まされ、感動し、共感し。「香恵」と「矢吹先生」にはかぶるところが多いのです。

えぇ、はっきり言ってしまいしょう。私、この話読んで、泣きました。だって、言い方悪いの承知で言いますが、卑怯ですよっ。雫井脩介さんがこんな普通に純文学みたいないい話書くなんて思わないでしょうがっ(ぉぃ)。だから何だ、って話なのでしょうが、心構えの問題なんですよ。けれど、それが意外であり、新鮮。でも、何がすごいって、普通だったら「何だ、ミステリーじゃないのか」って興醒めしかねないところを、ぐいっ、と引き込んでしまったその吸引力。確かに、十分の一くらいまで「そろそろ視点変化しても良いんじゃないかなぁ」と思っていましたが、読み進むにつれ、そんな気持ち、すっかり忘れて読みふけっておりました。

物語として、特筆すべきものは、特にないんです。そうだなぁ、私にとってのキーワードは「三角関係」。その間をふらふらゆらゆら、時に機嫌悪く、時に不安に駆られて揺れてる「香恵」を「矢吹先生」はノートの中の学校生活や日常生活によって変えていきます。ネタバレになるのを必死で堪えているので判りにくいでしょうが、とりあえず、一言「矢吹先生」がとてもとても素敵。「香恵」が気になる文具店の常連「石飛さん」との関係もなんだか、少し苦めの甘酸っぱさがあるのですが、それが嫌味にはなっていません。二人の微妙な間、なかなか面白かったです。その後に出てくる「星見さん」の性格があまりにいかにもで、奥行きがないなぁ、とは思いましたが、最後が可愛かったので許します。と、いうか、他の方々深いんだろうなぁ。その対比で浅くみえる。けれど、深くても、嵌りはしてない。それがすごい。

しかし、思い返してみても、この話、特別な種があるわけでも、目新しいものがあるわけではありません。むしろ、どちらかというと「いかにも」な話なのかも。だって、冷静に考えれば、大体の筋想像つくし。けれど、私は泣いたんですよ。まぁ、個人的な過去の琴線に触れる部分があった、というのも一説ですが、もう一つ、何でこの話にはこんなに「言霊」が詰まってるのかなぁ、と思ったら、参考文献のところを見て、納得。完全なるネタバレゾーンなので、読む前に見てはダメですよ。あ、決して、他の物語に「言霊」がないとは言ってるわけではありません。ただ、この話はそれとは少し毛色が違うのです。無条件に人に伝わるもの、そういうのを秘めた物語。まぁ、実際的に伝わるかどうかなんて知りはりませんが、私には独りよがりながらも伝わりました。うん。ちなみに、ラストシーンとか色々とうるうるする所はありましたが、私が泣いたのは小学校のパート。あれは…卑怯だろう(褒めてますよ)。真っ当でまっすぐすぎて、卑怯です。

んでもって、ラストはあんな三角関係のハッピーエンド。そりゃぁ、ちょっと都合よすぎやしないか、とは少し思ったけど、「矢吹先生」なら良いんだろうなぁ、ということで納得。謎解きがありつつ、ベタベタで新鮮。使い古された言葉だけど、感動的でございました。


さて、「香恵」と「石飛さん」が出会うキッカケは万年筆なのですが、この話を読むと、無性に万年筆が欲しくなります。だって、本筋に殆ど関係ないのに、万年筆の魅力がとても伝わってくるんですもん。一番「楽」であり楽しかったのは、このパート。で…いそいそと家にあった万年筆で「永」と「春夏秋冬」を試し書きしてみたのですが……ペンを斜めにする癖がない私には…うまく書けませんでした……。本編とは別の意味で泣けた。