切れない糸/坂木司


切れない糸 (創元クライム・クラブ)

切れない糸 (創元クライム・クラブ)


「青空の卵」などの引きこもり探偵シリーズの作家さん。既にシリーズ物として雑誌にて話は書かれているようなので、何だか安心して読めました。




話は、主人公「新井和也」の父親の葬儀からスタートします。新井家は商店街のクリーニング屋さんで、父親という大黒柱は失ったものの、天才的なアイロン裁きを持つ「シゲさん」や、愛想がよいおばさんトリオなどの存在があり、大学卒業間近ながら、就職が決まっていなかった「和也」も手伝うと言い出したことから、クリーニング屋を再開することに。しかし、クリーニング屋は案外大変。なおかつ「和也」には困っている生物(人間含む)が何故だか集まってきて…。

連作短編四つ収録なのですが、一つ一つの感想の前に、クリーニング屋ってすごい。素直に驚きました。細々としたチェックをしなければいけなかったり、私的には「洗えない服」という存在が、未だに信じられません。布なども日々進化しているようだし、それに合わせた洗い方もしないといけないし、アイロンの方がクリーニング屋の主な仕事だと思っていたので、反省しました。話の筋とは関係なかったけれど、目から鱗

さてさて一話目は「グッドバイからはじめよう」「和也」が仕事ないですか、とお得意様を訪ねるようになると、最初は同情的だった人が冷たくなったりと仕事の難しさに直面します。そんな折、妙に挙動不審な男性と出会い…。探偵役は、近くの喫茶に勤める同級生だった「沢田」。マスターが旅行に出て帰ってこない事から、のんびりと喫茶を営んでいます。えぇっと、これも本筋と関係ないですが、この人の書く食べ物の描写は、ものすっごくお腹がすきます。フレンチトースト、あんまり好きじゃないのに、食べたくて食べたくてジタバタしています。この話、男性が挙動不審な理由はすぐに思い当たるのですが、流れがまったりしていて素敵です。子供も可愛い。

「東京、東京」は、同級生の「糸村」が登場。「糸村」の母親に頼まれ、様子を見に行くとどうも「糸村」の様子がおかしい…。しかも、クリーニング屋を信用しない、と言われてしまい「和也」はぐいぐい首を突っ込んでいきます。クリーニング屋の本領発揮。この話のオチは耳が痛いものがありました。確かに…そう思ってしまうんだよなぁ。ちなみに、舞台は東京の下町なのです。他の話にも「糸村」はちょくちょく登場するのですが、逞しくなりっぷりが、かっこいいですよ。

「秋祭りの夜」秋祭りが近づいて、「和也」も何を出店するか考える時期に突入。しかし、今回の秋祭りには目玉となるタレントが居ない。そんな困った事情を小耳に挟みつつ、今度は女物ばかりを出す、水商売のオーナーっぽい人が気になって…。こうやって筋を辿っていくと、本当に「和也」の前には困った人がやって来ますね。話のオチは一番読み易かったですが、その分祭りに向けての楽しそうな気配と、終わり方の円満さ具合が抜群です。で、この水商売っぽいオーナーは、当然の如く次の話に登場します。

最終話の「商店街の歳末」クリーニング屋を支え続ける「シゲさん」にまつわる話。今までの話の中でも、「シゲさん」はアドバイスらしくないアドバイスをしたり、渋く叱咤したり、素敵なんですって。もうその渋い存在感のおかげで、雰囲気が絞まっています。で、「シゲさん」らしいお話。渋さと真っ直ぐさ全開です。少々人間の関係性に強引さを覚えないこともないけれど、かなり時間はたっぷりありましたしね。

さて、これでエピローグに続いていくのですが、この話は「和也」の成長物語でもあります。仕事を覚えていったり、プライドが出てきたり。「シゲさん」からの質問にきちんと答えられるようになったり。そういった面もあって、楽しいです。で、それを見守る人々もちゃんといます。後、洗濯の雑学も増えます。全体的に、穏やかで、まったり。いい感じに波風が立ったりしますけれど、この人が繋がっている雰囲気が、素敵です。登場人物も、私が名前を覚えるくらいに魅力的。「和也」と「沢田」の関係に、思わず別シリーズの二人が頭を掠めましたが、仲が良いのは良いことですよねっ。それに、少し違う局面を迎えていますし。

しかし「和也」はそれなりに成長してしまった様な気がするのですが、どう続けるのでしょう。気になるなぁ。

ま、ひとまずは、穏やかな読後感、ありがとうございました、です。