ホテルジューシー/坂木司


ホテルジューシー

ホテルジューシー


沖縄を舞台にした連作短編集。この作家さんのもので女性が主人公のを読むのってこれが初めてじゃないかな。図書館で予約して半年以上待ったの…かな。ってことで、後ろにで予約を待つたくさんの人のために駆け足で感想書いちゃいます。




主人公は「ヒロ」。弟たちの世話など日々忙しく生活をしていた彼女に訪れたのは、予定のない長い夏休み。その暇さ加減に耐えられない「ヒロ」は沖縄の民宿へバイトを行くことを決意する。けれど、そこで待っていたのは個性豊かでずぼらな人々。長女気質の「ヒロ」の苛々しながらのバイト生活が始まります。

第一話「ホテルジューシー」は、アンソロジーのSweetBlueAgeに書かれていたこともあって、全部読み終わった後だと自己紹介的なものに感じますね。でも、初めて読んだ時よりも登場人物に愛着が持てた。「ヒロ」の苛々も最もだけど、うん、ずっとこの感じが続くんだもの。ついでに、前回の時は「沖縄らしくない」って書いた気もしますが、全編通した後だと、ちゃんと作者さんが伝えたい「沖縄」らしさが出てました。

「越境者」はギャル系二人襲来の物語。謎としてはこじつけ…というか、うん、まぁ、な感じですが、キャラがかわいい。最後に思わずほろりと感じるものがありました。「ヒロ」の葛藤の後の、「王子様」という言葉のしっくりさ加減に微笑んでしまいまいた。

「等価交換」は、この作者さんの「沖縄」らしさが一番に感じられるもの。私はナイトマーケットの存在すら知りませんでした。うん、この感じ、いいな。戸惑う「ヒロ」にもちゃんと共感できるのだけれど、それよりも圧倒的なごちゃまぜ加減に「ま、いっか」の気分にさせられます。

「嵐の中の旅人たち」は、台上陸中の物語。この物語がこの本全体の転機になっている感じがします。少々暗い部分がクローズアップされています。手の中をすり抜ける感じがこっちにまで伝わってきましたよ。何にも掴んでいない手のやるせなさ。

「トモダチ・プライス」は、「ヒロ」夜遊びをしてみる、の会。一番好きな会ですね。「ヒロ」がどう変わったのかがはっきりとわかる。でも、それよりもここに出てくるヒールの人が大好きなんですけど。沖縄の光の影、なんて言い方をしたらものすっごく陳腐ですが、背筋をぞくっ、と撫でられる感じがしましたよ。筋の通った悪人が、私は好きなのですよ。そして、話の終り方も好きですよ。「ヒロ」の暴走してるけれどしてない真っ直ぐさが心地良い。

「≠(同じじゃない)」は最終話。とある夫婦の物語。なんだか明らかに「ヒロ」が暴走していたのがわかったのでヒヤヒヤしました。それと、全体的に間延びしている印象が拭えません。…まぁ、「ヒロ」の心境を思えばものすっごく伸ばしたいところでしょうから、当然といえば当然かもですが。謎はこれもんー、な感じでした。でも、ま、真っ当な終わり方をしてくれた、かな。もっと感動的にも衝撃的にも出来ただろうけど、あえてそれをしないあたりが、この作品らしかったです。


全体的に見直せば「ヒロ」の成長物語なのだけど、それは、ある意味では余裕を持つって成長の仕方だったのかな。一つ一つの感想では触れませんでしたが、キャラクターは個性豊か過ぎます。昼行灯だけど夜にはしっかりするオーナー代理、双子で掃除をするクメばあとセンばあ、うまそうな沖縄料理を作る比嘉さん。最初尖がっていた「ヒロ」が丸くなるにつれ、こういう人々に対して愛着が湧いてきます。とても。そして、沖縄料理のおいしそうなことっ。食べたいっ。相変わらず、食べ物の描写が秀逸です。そういう意味でも「沖縄」らしさってのがでてるんじゃないかな。

ほんのり暖かくなりながら、さっぱりとした清涼感をもたらす話でした。夏に読まなくても、十二分に楽しめた。

あ、「ヒロ」には友達がいて、たまに手紙のやり取りがあります。…なんとなく、こっちの話もありそう…。また、予約してくるかな。